【この町で生まれ、この町と共に】

皆さん、こんにちは。楠よしたかです。
私は、生まれも育ちも、そして今も、この有田川町吉原です。
一人の町民として、皆さんと共にこの町で生きてきた私だからこそ、心の底から実現したい未来があります。
これまで、隣町・湯浅町の教育長として、そして行政の仕事の進め方を熟知した副町長として、経験を積んでまいりました。その全てを、私の故郷であるこの有田川町に捧げる。その決意です。
皆さまの暮らしにある「安心」を守り、子どもたちの「未来を拓く」。
「熱い想い」と「行政経験に裏打ちされた確かな実行力」で、皆さまと共に、有田川町の新しい時代を創り上げてまいります。

楠 義隆(くす よしたか)

1956年(昭和31年)有田川町吉原(生まれ・在住)
    町立石垣小学校、
    町立石垣中学校、
    県立耐久高校、
    東京理科大学卒業。
    耐久高校では硬式野球部に所属

1980年 東京理科大学卒業

1981年 金屋中学校教諭

1996年 有田地方教育事務所副所長

2003年 和歌山教育委員会副課長

2011年 和歌山県福祉保健部子ども未来課長

2014年 和歌山県教育委員会生涯学習局長

2017年 湯浅町教育委員会教育長

2020年 湯浅町副町長

2025年 9月末にて湯浅町副町長を辞職

【私を日々支えてくれる家族を紹介します。】

妻は田殿小学校・御霊小学校・藤並小学校で先生として子どもたちと向き合い、一緒に笑い、一緒に走り続けてきました。
野球が大好きで、休みの日にはキャッチボールをしていたことも。いつも明るく前向きな性格です。
息子と娘は関東で社会人として、新しい道を歩んでおります。


そして、15歳になる愛犬ニコ。長年一緒に過ごしてきた大切な家族です。いつも私たちのそばでのんびりしています。

家族の笑顔を力に、地域の皆さんにも笑顔を届けられたら嬉しいです。


【過去の行政活動をご紹介】

過去の活動記録をご紹介します。湯浅町副町長として行政現場での経験などを皆さまにお伝えします。

杉野原の御田舞(伝統文化の継承)

かつて杉野原で御田舞を見学したときのこと。
田んぼの神様に感謝を捧げるその舞は、自然と人とのつながりを感じる、心に残るひとときでした。

観光の活性化には「自然・食・泊・文化」が大切だと言われています。
その中でも、地域の文化は“その土地らしさ”を語る大切な要素。
御田舞が今は途絶えてしまったと聞き、正直とても残念です。
でも、だからこそ——
もう一度、地域の誇りとして復活させたい。
そんな思いを胸に、これからの活動に取り組んでいきます。


湯浅町副町長時代の活動

大川小学校訪問・防災への思い

東日本大震災のあと、大川小学校(石巻市)を訪れました。

あの場所に立ったときの空気、静けさ、胸の痛みは今も忘れられません。裁判では、避難マニュアルの不備や訓練不足、避難場所の判断ミスなど、組織的過失が認められました。

あの教訓を、次に活かさなければならない。
防災・減災への取り組みを行政の立場から考え続けてきました。
命を守る準備は、今から始めるべきだと思っています。


湯浅町副町長時代の活動

大相撲春場所千秋楽

湯浅町副町長として、大相撲春場所千秋楽に携わらせていただきました。
ふるさと納税制度と観光推進のために、湯浅町の魅力を広く発信し、文化を未来へつなぐ取り組みにも力を入れました。


湯浅町副町長時代の活動

京セラドーム大阪から湯浅町をPR!

ふるさと納税制度と観光促進の取り組みの一環として、
オリックス対ソフトバンクの試合で始球式に参加しました。

この日の先発は、元オリックスで現在はドジャースで活躍されている山本投手。湯浅町の魅力を全国に届けたいという思いを胸に、マウンドに立ちました。前湯浅町副町長として、ふるさと納税の活用や観光振興に力を入れてきた経験を、これからの町づくりにも活かしていきます。


副町長時代の活動

甲子園球場での始球式(阪神VS巨人)

湯浅町副町長として、地域の魅力発信と観光連携の一環として甲子園球場での始球式に登壇しました。
ふるさと納税制度と観光推進のために、湯浅町の魅力を全国へ発信する貴重な機会となりました。


※動画内では「湯浅町副町長」と紹介されています。